Bamboo Rod Museum -竹竿記念館ー への道・・1
購入した古民家の歴史について調べました
母屋は江戸末期~明治初期おおよそ150年
蔵などは、建材の様子から比較的新しく、戦後すぐの雰囲気です
庭はうっそうと竹が生い茂り、建物に入ると、所々青空が見えます。
屋根ないんかーい。
それは、さておき
紀の川は木材を筏で運搬する主要な流通ルートでした。
奈良吉野の良質な木材は、古くから筏を組んで木材を流し、和歌山や大阪、はては江戸へと運搬しました。
橋本市の合同庁舎ともいえる「橋本御殿」(橋本一丁目)では、流木税として、通行料を徴収していましたが、橋本御殿がかつてあった現在の橋本橋付近は、比較的流れが速く、通りすぎてしまう筏もあったため、筏の検査場はやがて、「妻の浦」に移りました。
前畑がんばれ、前畑がんばれ
で有名になった女性初の水泳金メダリスト前畑秀子さんは、この速い紀ノ川の流れを、関係なくさっそうと向こう岸まで泳ぎ切り、また流されることもなく泳いで帰ってきたそうです。
筏を留めることが困難だったのか、流木税を逃れるために、わざと筏が流されたふりをしたのか。
今となっては知る由もありません。まさにロマン。
昭和になって、筏の検査場は民間検査場になりました。第二次世界大戦がはじまったことで筏流しもなくなってしまい。筏の民間検査場も廃業となりました。
そして、前の持ち主さんが疎開のため、この古民家に越してきました。
この家は、筏の船頭さんが紀ノ川を下ってきてここに泊り、次の日出発して、岩出市や和歌山市まで下るのよ。
という伝聞がありました。
伝聞を元に、地元誌を調べたところ、なんと写真が載っていました。
うーん。今より綺麗。